日本人としてのスピリットについて、ずっと考えつづけた2011年。
淀みのない考え方、
シンプルで、無駄がなく、
礼と儀を重んじる、
すっとした心意気。
3.11の約1週間後、
福井にいる祖母の見舞いに行きがてら、
静かな雨の降る京都の庭を訪れた。
震災の影響もあり、その禅寺にいたのは、
ほぼ私1人だった。
そのとき、その場所に宿る、京都の先人達が、
何かとても大切なことを私に告げた。
それは、日本を守り育ててきた先人達が
様々なことを乗り越え、この土地を現代まで
創ってきた、ということだ。
大変なのは、今だけではない。
いつの時も、大変なことはたくさんある。
嘆いているのではなく、
できることをやる。
くっと、腹に力を入れて、
進んで行け、と。
そのときの空気感も全て、
鮮明な記憶として、私の中に残っている。
その庭の水は、とても透き通っていて、
淀みなど、存在しなかった。
日本人としての、気と心。
それは、決して生易しいものではないけれど、
私たちの奥深くにきっと根づいているはず。
京都から東京に戻り、
庭について、私は勉強し始めた。
それは、庭というものが、
日本人の考え方の原点が現れていることに
気付いたからだ。
もっともっと、気と心について、
深く知りたいと思う。
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